鉄花器について

鉄花器のはじまり

 いけばなに鉄素材を初めて取り入れたのは、草月流初代家元・勅使河原蒼風。 第二次大戦後、花も素材も何もない時代、焼け野原で鉄くずを拾い集め、作品にしたのがきっかけといわれています。

1952年、三田にあったアトリエで鉄作品を制作する勅使河原蒼風
1950年代の勅使河原蒼風の鉄の代表作品「群れ」
「現代人」

草月アトリエ鉄花器のロングセラー

 草月アトリエオリジナルの鉄花器は、デザイン性に富んだバリエーション豊かなラインナップが特徴ですが、実は、ラインナップの中には、1980年代から1990年代に発売されたものが数多く含まれています。まさに時代を超えたベストセラーと言えるでしょう。

■ 1980年代(ツイン・都会シリーズ・L・曲花留・三角花留 など)

デザイン:新井 東史雄(あらい としお)

 草月アトリエで歴代家元のアシスタントを務めながら、草月流の作家、講師として世界で活躍。絵画や彫刻の作家としても国内外で有名な方で、各地の美術館に作品が収蔵されています。いけばな作品では、鉄を素材とした名作も多数発表し、商品としての鉄花器でも不動のロングセラーを生み出しました。

■ 1990年代(つづみ・かぶと・スタンド曲・ティアー・GOBO など)

デザイン:外山 光夫(とやま みつお)

 学生時代に草月流に入門。1972年の草月論文新人賞をきっかけに草月本部に勤務し、草月アトリエで活躍。新井東史雄から鉄花器製作を引き継ぎ、数多くの大ヒット商品を連発しました。また、野外、屋内の大合作(10m以上の作品もあった)の鉄骨格は、独自の技術とセンスを活かし大得意でした。草月流の大作ブームを鉄で支えたといっても過言ではないでしょう。